ブログを読んでくださったみなさまへ
急ですが
スクールソーシャルワーカーを終えることにしました。
私は膠原病を患っております。
時に寝込んでしまったり、疲れやすかったりと
一昨年前辺りから、この仕事を続けることに困難さを感じつつの日々でした。
気持ちは、スクールソーシャルワーカーを続けたい
でも、体が言うことをきかない
そんな感じです。
年齢的に更年期ということもあり、
その疲れやすさなども影響しているかも
と思うと、
もしかしたら更年期を過ぎたら元気なおばあちゃんになって
スクールソーシャルワーカーに復帰できるかもしれない!
などという淡い期待を持ちつつ、
いったんは退くことに決めたのは、おおよそ一か月前です。
不定期につぶやいていたブログを読んでいただいたみなさま
ありがとうございました。
延べ2万人を超える方々に読んでいただきました。
そして、読んでいただけていることが励みになっていました。
いつか復帰するかもしれないし、
ふと思い出したことをブログに書くかもしれませんが、
とりあえず、スクールソーシャルワーカーを退いたことはお伝えしたく
ブログに書きました。
みなさま、今まで本当にありがとうございました。
『助け合う』と『協力』
予防的に校内巡視
管理職の先生に、
「校内見てもらって気づいたこと教えてください。」
と言われます。
私たちスクールソーシャルワーカーの仕事の一つに『校内巡視』があります。
私は町の消防団のような気持ちで校内を回っています。
火事って頻繁に起こることではないけれど、
消火器具の点検等、予防のために見回ることは大事です。
それに似ているのかなと思っています。
校内のトラブルが頻繁に発生することではないけれど全く起きないわけではない、
起きないように手立てを見つけたり、小さいうちに防いだり、
そうやって子どもたちの教育環境を整える一助となればと思っています。
学級目標
その日、Aさんは職員室の端で勉強をしていました。
私はAさんの担任の先生から話を聴くために教室へ。
そして、目にした学級目標。そこには『助け合う』の言葉がありました。
別の教室の学級目標を見ると、『協力』という言葉が使われていました。
みなさんは『助け合う』と『協力』に違いを感じるのでしょうか?
私は感じましたし、センシティブなお子さんは言語化はされずとも
違いを感じるように思います。
『協力』は力という漢字が使われていますから、
自分にある程度力がないとできないように思うのです。
一方『助け合う』は、お互いに力があるないに関係なく
支え合うようなイメージだと思うのです。
『助け合う』という言葉を使ってくださる担任の先生だから、
きっとAさんはすぐ教室に入れそうと予想しました。
そして、入れなかったのはその日だけでした。
原因はあえて触れない
Aさんに何があったのかははっきりわからないままですが、
それでよいと思っています。
嫌な過去を思い出して意欲が失われるくらいなら、
意識に上らせることなく日常を重ねるのも一つだと思うのです。
その後Aさんが職員室で勉強する姿を見ることはありませんでした。
ときどきAさんの様子を担任の先生に聞いたり、
校内巡視の時にAさんをさりげなく見守ったりしつつ、
心の中でAさんにエールを送っています。
信じて待つ
大泣きするAさん
Aさんは母親と離れることをとても嫌がります。
離れる前は「頑張る」宣言をしても
離れてしまうと大泣きしてしまいます。
それを、級外の先生や支援員さんがなんとかなだめる日々とのことでした。
そのように情報はもらっていたものの、
私が見るときのAさんはちょうど落ち着いたところだったりしていて
大泣きしている姿を見ることは少なかったのでした。
それは、週に1回限られた時間しか勤務できないからでした。
Aさんにかかわる
それが、その日はちょうど大泣きをしていたので様子を観察することにしました。
支援員さんが根気強くAさんに付き合ってくれていました。
Aさんは決まったコースを何度も歩き続けていたのでした。
その途中、必ず職員室へ寄り、母に電話をしてほしい様子を見せるのだけど
「理由なくお迎えは来てもらえないよ、だから(母に)電話はしてもらえないよ。」
を繰り返し伝えていました。
何度目かで、支援員さんも付き合い切れなくなったのか、
職員室から無理やり教室へ戻そうとAさんの手を引いて引っ張って行ってしまいました。
すると、せっかく泣き止んでいたのに振出しに戻り大泣きを始めました。
私は「ごめんね。もう無理やり教室へは連れて行かないから。」と伝えると、
今度は私と手をつなぐようになり、先ほどと同じコースを何周もしたのでした。
私と歩いているとき、ちょうど休み時間に教室に入ることができました。
「お絵描きする?」ときくと、うなずきました。
が、ちょうどその直後に休み時間終了のチャイムが鳴り、お絵描きはできず、
また、教室から出て行って同じコースを歩き始めたのでした。
でも、少しずつショートカットするようになっているなぁと感じたので、
「お絵描きしたいんだよね?お絵描きしに教室行く?」ときくと、
Aさんはうなずいて教室へ戻ることができました。
お互いに信じて待つ
私はスクールソーシャルワーカーとして、Aさんの力を信じて待ちました。
Aさんは教室へ行かなきゃいけないことはわかっている、
いつか自ら教室へ戻ることができる、と信じて一緒に歩いていました。
そして、担任の先生や管理職の先生は、
スクールソーシャルワーカーならAさんを教室へ戻してくれる、
と信じて待っていてくださったのだと思います。
これが信頼関係なんだな、と改めて思いました。